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同じ針で色素を入れるのに、タトゥーとアートメイクで法律が違う理由
2026年6月27日
はじめに
タトゥー(刺青)とアートメイクは、見た目こそ違いますが、やっていることは似ています。どちらも細い針を使い、皮膚の中に色素を入れて、自然にはすぐ消えない色や模様を残します。技術の面ではとても近い行為です。
ところが日本の法律では、この2つの扱いが大きく分かれます。タトゥーを彫る彫り師に、医師の免許はいりません。一方でアートメイクは、医師が行うか、医師の指示を受けた看護師等が診療の補助として行う必要があります[1][2]。ここでいう看護師等には、保健師・助産師・准看護師も含まれます。歯科の領域では歯科医師の関与が問題になります。同じ「針で色素」なのに、片方は医療、片方は医療でない、という非対称な形です。
この記事では、まず2つの共通点を確かめます。次にタトゥーとアートメイク、それぞれの法律上の扱いを、2020年の最高裁の決定や厚生労働省の通知をもとに見ます。そのうえで、なぜ扱いが分かれるのかを誠実に説明し、利用者として何に気をつければよいかをまとめます。法令や運用は変わりうるため、最新の状況はご自身でも確認してください。
共通点:どちらも針で色素を皮膚に入れる
まず似ている点から見ます。タトゥーもアートメイクも、針の先に色素をつけて、皮膚の中へ入れていきます。色素を留める層は施術法によって変わりますが、主に真皮の浅い層まで色素を届ける施術と説明されることがあります。表皮はたえず生まれ変わって剥がれるため、浅すぎる色は抜けてしまいます。そのため、ある程度の深さに色素を届けて、消えにくくします。
アートメイクは「メイク」という名前がついていますが、化粧品をのせるのとは違います。厚生労働省の通知でも、アートメイクは「針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為」と説明されています[8]。針で皮膚に傷をつけ、体の中へ色素を入れるという点で、技術の本質はタトゥーと共通します。
だからこそ、同じようなリスクも生まれます。針で皮膚を刺す以上、出血や感染、色素へのアレルギー反応などが起こりえます。タトゥーを医行為だと判断した一審の裁判所も、「皮膚障害やアレルギー反応、ウイルス感染を起こす危険性」がある点を重く見ていました[4]。技術もリスクも近い。それでも法律の扱いが分かれる点に、この問題の難しさがあります。
タトゥーの法的地位:2020年の最高裁で「医師免許は不要」
タトゥーをめぐっては、彫り師が医師法違反に問われた裁判がありました。大阪の彫り師の男性が、医師免許がないのにタトゥーを彫ったとして起訴された事件です。最高裁判所第二小法廷は、2020年(令和2年)9月16日に決定を出し、検察側の上告を退けました[1][5]。これにより、彫り師の無罪が確定しました[5]。
裁判の流れは一直線ではありませんでした。一審の大阪地方裁判所は、タトゥーを医療行為と見て、罰金15万円の有罪としました[4]。ところが二審の大阪高等裁判所は判断を変え、逆転無罪としました[4]。タトゥーは「装飾的ないし象徴的な要素や美術的な意義がある社会的な風俗」であり、医療が目的ではない、というのが理由です[7]。最高裁もこの結論を支持しました[1]。
最高裁が示した「医行為」の考え方
アートメイクの法的地位:医師か、医師の指示を受けた看護師等でなければ違法
では、アートメイクはどうでしょうか。こちらは今でも、医師が行うのでなければ業として行えない医行為とされています。沿革をたどると、2001年(平成13年)11月8日の通知(医政医発第105号)が、「針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為」を医行為と示し、これがアートメイクにあたると解されてきました[8]。アートメイクを明示した現行の扱いは、2023年(令和5年)7月3日の通知(医政医発0703第5号)と、後述する2025年(令和7年)の通知が示しています。資格のない人が業として行えば、医師法第17条に違反します[3][9]。
厚生労働省は2025年(令和7年)8月15日の通知でも、改めて方針を示しました。眉やアイライン、リップなどを描くアートメイクは「その名称を問わず」医行為にあたり、特定の施術を厚生労働省が許可・容認した事実は一切ない、と明記しています[3]。さらに2025年(令和7年)12月26日には、厚生労働省と経済産業省の連名で「美容所等におけるアートメイク施術について」(医政医発1226第3号ほか)が出され、美容所やエステサロン等への周知徹底、悪質な場合の告発や警察との連携にも触れています[13]。施術できる人については、医師が行うか、医師の指示を受けた看護師等が診療の補助として行う必要があります(保健師助産師看護師法第37条)[3]。看護師等には保健師・助産師・准看護師が含まれます。なお歯科口腔領域では、歯科医師法や歯科衛生士法との関係も確認が必要です。
無資格サロンが摘発された例
なぜ分かれるのか:「目的」が線を引いている
ここで核心の問いに戻ります。同じ「針で色素を皮膚に入れる」のに、なぜタトゥーは医療でなく、アートメイクは医療なのでしょうか。鍵は、最高裁が示した医行為の考え方にあります。危険があるだけでは医行為とは言えず、その行為が医療や保健指導に属しているかが問われます[6]。
タトゥーは、装飾や自己表現が目的とされ、医療や保健指導とは結びつかない、と判断されました[7]。歴史的にも、医師免許を持たない彫り師が長く担ってきた実情があります[7]。だから医行為ではない、という結論です。一方、アートメイクは、すっぴんの眉を補ったり、左右差を整えたりと、見た目の悩みに応える美容目的の医療として扱われてきました。厚生労働省は一貫して、これを医行為として扱っています[8]。なお、2020年の最高裁決定との整合性については、専門家の間で議論もあります。
つまり、針を刺すという「やり方」ではなく、何のために行うかという「目的」と、その行為が医療として扱われてきたかどうかが、線を引いています。最高裁の決定は、あくまでタトゥーについての判断です。アートメイクや美容医療が医行為であることを否定したわけではありません。実際、彫り師の無罪を支持した裁判官も、補足意見で、危険を防ぐ規制が必要なら「新たな立法によってこれを行うべきである」と述べました[7]。今の枠組みを当然視せず、新たな立法での対応を促した点は見落とせません。
利用者目線:アートメイクを医療機関で受けるべき理由
法律の話は、利用者にとっては「どこで受けるか」という現実の問題につながります。アートメイクが医行為とされているのは、皮膚を傷つけて色素を入れる以上、医学的な管理が欠かせないからです。針で皮膚を刺す行為は、身体への侵襲を伴うため医行為にあたる、と裁判でも示されています[9]。
医療機関で受ける利点は具体的です。第一に衛生面です。器具の滅菌や感染対策を、医療の基準で行えます。第二にアレルギーや皮膚トラブルへの備えです。色素に反応が出たときや、思わぬ腫れが出たときに、医師がその場で診て対応できます。第三に色素や薬剤の管理です。何をどれだけ使ったかを記録し、トラブル時にたどれます。資格のないサロンでは、こうした体制が整っているとは限りません。無資格施術では、炎症や感染などのリスクが指摘されています[11]。
もちろん、医療機関なら何の心配もない、という話ではありません。アートメイクは医療でも、色素へのアレルギーは起こりえますし、いったん入れた色は簡単には消せません。仕上がりが気に入らない、流行が変わる、といった悩みも残ります。費用は自由診療で全額自己負担になり、施術後しばらくは色や腫れが落ち着くまでの時間(ダウンタイム)も必要です。良い面だけでなく、こうした限界も理解したうえで選ぶことが大切です。
関連:タトゥーやアートメイクの除去も医療機関で
色素を「入れる」だけでなく、「消す」場面も考えておきましょう。タトゥーやアートメイクの色を薄くするには、レーザーがよく使われます。強い光を当てて色素を細かく砕き、体が少しずつ運び出すことで色を薄くする方法です。このレーザー照射も、実務上は医療機関で行われています。なぜそう扱われるのかを、次に見ていきます。
考え方の手がかりになるのは、2001年(平成13年)の通知「医師免許を有しない者による脱毛行為等の取扱いについて」です[8]。ただし、この通知が直接示しているのは、レーザー等を毛根部分に照射して毛乳頭などを破壊する脱毛行為であり、タトゥーやアートメイクの除去を名指ししたものではありません。同じ趣旨で、レーザー脱毛をめぐっては、強いエネルギーの光を当てて組織に作用する行為は資格のない人が業として行えば医師法第17条に違反する、との指摘もあります[12](こちらは弁護士への取材記事で、一次情報ではありません)。これらをふまえると、強いレーザー光で皮膚組織に作用する行為は医行為に該当し得るため、実務上は医療機関で行われています。
ですから、彫ったタトゥーが医行為でなかったとしても、それをレーザーで消す行為は別問題です。除去は皮膚への医学的な処置にあたり得るため、実務上は医療機関で医師のもとで行われています。除去にも、複数回の照射が必要だったり、肌質や色によって効き方が違ったり、跡が残ることがあったりと、限界があります。入れるときも消すときも、医療として扱われる場面では医療機関を選ぶ、と覚えておくと分かりやすいです。
注意書きとまとめ:迷ったら医療機関へ
最後に大切な前提を確認します。この記事は、2020年の最高裁の決定や厚生労働省の通知など、確認できる出典をもとにした一般的な情報です[1][3]。個別の事案についての法的な助言ではありません。法令やその運用は、今後の立法や通知の見直しで変わる可能性があります[7]。具体的な判断が必要なときは、専門家や公的機関に確認してください。
ここまでの内容をまとめます。タトゥーは2020年の最高裁の決定で医行為ではないとされ、彫り師に医師免許は不要です[1]。一方、アートメイクは医行為であり、医師が行うか、医師の指示を受けた看護師等が診療の補助として行う必要があります[3]。タトゥーやアートメイクをレーザーで消す行為も、強いレーザー光で皮膚組織に作用する以上、実務上は医療機関で行われています[8][12]。同じ「針で色素」でも、目的と医療としての扱いで線が引かれています。
アートメイクを受ける場合は、医師の管理体制がある医療機関か、医師の指示を受けた看護師等が診療の補助として施術する体制かを確認してください。衛生やアレルギーへの備え、トラブル時の対応という、医療としての裏づけがあるかどうかが、確認の目安になります。ただし医療でも、色素のリスクや費用、消しにくさといった限界は残ります。良い面と注意点の両方を知ったうえで、納得して選んでいただければと思います。
参照
- 最高裁判所第二小法廷. タトゥー施術に関する医師法違反事件 決定. 最高裁令和2年9月16日第二小法廷決定(平成30年(あ)第1790号、刑集74巻6号581頁). 2020. https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-89717.pdf
- 一般財団法人日本医療アートメイク財団. 医療アートメイクにおける医師法第17条の解釈について. https://pmufoundation.or.jp/archives/2919
- 厚生労働省. 美容医療に関する取扱いについて(医政発0815第21号, 令和7年8月15日). https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc9325&dataType=1&pageNo=1
- 神庭亮介. タトゥー彫り師の無罪確定へ 医師法裁判、最高裁が検察側の上告棄却. BuzzFeed Japan, 2020. https://www.buzzfeed.com/jp/ryosukekamba/tattoo-innocence
- 日本経済新聞. タトゥー施術は医師免許不要 最高裁が初判断. 日本経済新聞, 2020. https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63999100X10C20A9CR8000/
- 先見創意の会. タトゥー最高裁決定と医業独占. https://www.senkensoi.net/feature/feature1/2717/
- 神庭亮介. 検察解釈なら「我が国のタトゥー業は消失する」最高裁の決定全文. BuzzFeed Japan, 2020. https://www.buzzfeed.com/jp/ryosukekamba/tattoo-innocence2
- 厚生労働省. 医師免許を有しない者による脱毛行為等の取扱いについて(医政医発第105号, 平成13年11月8日). https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta6731&dataType=1&pageNo=1
- 新銀座法律事務所. アートメイクと医師法違反|刑事処分および行政処分の内容. https://www.shinginza.com/db/01801.html
- 理美容ニュース. アートメイクで逮捕者 美容店での危害情報も. 理美容ニュース, 2013. https://ribiyo-news.jp/?p=10597
- 一般社団法人国際美容医療アートメイク協会. 看護師資格なしの医療アートメイクは違法!安全なクリニックの選び方をご紹介. https://imaa.or.jp/column/2025/11/4260
- 弁護士ドットコムニュース. 医師がいないエステの「レーザー脱毛」は違法! 厚労省に「ルール」を聞いてみた. 弁護士ドットコム, 2015. https://www.bengo4.com/c_8/n_3206/
- 厚生労働省・経済産業省. 美容所等におけるアートメイク施術について(医政医発1226第3号、健生衛発1226第1号、20251226商局第1号, 令和7年12月26日).
よくある質問
タトゥーを彫る彫り師に、医師免許は必要ですか。
必要ありません。最高裁判所第二小法廷は2020年(令和2年)9月16日の決定で、タトゥー施術は医行為にあたらないと判断しました[1]。大阪の彫り師が医師法違反に問われた事件で、無罪が確定しています[5]。タトゥーは装飾や表現が目的で、医療には属さないと判断されたためです[7]。
アートメイクは誰が施術できますか。
医師が行うか、医師の指示を受けた看護師等が診療の補助として行います[3]。アートメイクは針で皮膚に色素を入れる医行為とされ、厚生労働省の通知でその扱いが示されています[3][8]。看護師等は保健師助産師看護師法第37条にもとづき、医師の指示の下で行えます[3]。看護師等には保健師・助産師・准看護師が含まれ、歯科口腔領域では歯科医師の関与も問題になります。資格のない人が業として行うと医師法違反になります[9]。
同じ針で色素を入れるのに、なぜタトゥーとアートメイクで扱いが違うのですか。
目的と、医療として扱われてきたかどうかで線が引かれています。最高裁は、危険があるだけでは医行為とはいえず、医療や保健指導に属する必要があるとしました[6]。タトゥーは装飾目的で医療に属さないとされ[7]、アートメイクは美容目的の医療として厚生労働省が一貫して医行為と扱ってきました[3][8]。
資格のないサロンでアートメイクを受けると、どんなリスクがありますか。
衛生管理やアレルギー対応の体制が整っているとは限りません。無資格施術では、炎症や感染などのリスクが指摘されています[11]。実際に経営者が医師法違反で逮捕された事件もありました[10]。トラブル時に医師が対応できないため、医師か、医師の指示を受けた看護師等がいる医療機関を選ぶことをおすすめします[3]。
タトゥーやアートメイクをレーザーで消すのも、医療機関でなければいけませんか。
実務上は医療機関で行われています。強いレーザー光で皮膚組織に作用する行為は医行為に該当し得るためです[12]。なお2001年の通知が直接示すのはレーザー脱毛で、タトゥーやアートメイクの除去を名指ししたものではありません[8]。除去にも跡が残るなどの限界があります。
